般若心経を唱えると霊が寄って来る?

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般若心経に関わらず、
お経を唱えると「霊が来る」という場合はあります。

だからと言って、お経は読んじゃいけない・・と
考えるのは間違いです。

お寺と神社の役割の違い

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まずお寺は、人間の見えないところ=生き方や心の在り方を教える
ところであり、亡くなった方(魂)を供養したりするところで、
陰の役割となります。(人間の見えない部分に関係するからです)

お賽銭

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神社やお寺でお賽銭を入れる際、
投げ入れる姿をよく見かけます。


お供え

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お仏壇へのお供えといえば、何を思い浮かべますか?

ご飯?お茶?お水?お菓子?果物?

亡くなったご先祖の方々は、
決して食べ物を食べるわけではありませんが
供えてくれる人の心(気持ち)をいただくのです。

六波羅蜜のバトン

お彼岸に入り、「誰でもできる!彼岸への渡り方!」として
「六波羅蜜」をご紹介して来ましたが、
みなさんいかがでしたでしょうか?

これは、あくまでも仏教の教えの入り口にしか過ぎません。

奥が深い世界ですので、みなさんが取り組みやすい
ところをご紹介しました。

ちょっとしたことですが、
知ると知らぬとでは大違いだと思います。


お釈迦様が説かれた仏教は、
現代人には理解しにくいものかも知れません。

古臭い、抹香臭い、ウザイ・・そんなイメージが
あるかも知れませんが、内容はそうでもないのです。

みなさんが生活・仕事をする中で
実践できるものばかりです。

このように自分の心と向き合い、
精進することを『心の修行』と言います。

心の修行は、あなた自身を豊かにするものであり
あなたを苦しめるものではありません。

あなたの可能性を引き出してくれる
本当はとってもありがたいものなのです。

滝に打たれる、読経する、山に登る・・それらだけが
修行ではなく、生きてるいる間に一番必要な修行が
『心の修行』です。

この基本精神=心の修行を
忘れてしまっては、いかにすばらしい種を持っていても
芽が出ず、根が腐り、寂しい未来が待っています。

時間の経過と共に、不幸へ向かうなんて
誰でも嫌なはずです。


ご自宅で読経されている方は、
『心の修行』を基本精神として持ち
読経を続けてください。

そうすれば『心の修行』を説かれた仏様達が
あなたの魂に寄り添ってくれます。

そして、あなたにいつも“気づき”(智慧)を
与えようとし、あなたの魂を守ってくれます。

魂を守るとは、命を守ることを含め
正しく修行をするよう促し、
魂が充実した人生を過ごせるよう
しっかりサポートしてくれるという意味です。

単にいいことが増える、悪いことが起きないと
いう意味ではありません。

いいことも悪いことも起きて
それを経験するのが、人生というものなのですから・・。


悪いことが起きれば、神も仏も無いと
言う人がいますが、そういう人は
ご自分のその心が災いを増やしているのだと
気づかないのです。

また、信心、信仰する人を弱い人間だと
笑う人がいますが、そんな人程神や仏を怖がり
関わりを持たないようにしようとします。

心が素直であれば、そのような心が起こるでしょうか?

私は、このような人と出会うたびに
とても悲しい気持ちになります。

このブログをご覧いただいているみなさんは
決してこのような心を持たず、
六波羅蜜を少しづつ実践してくれると信じています。


それから、もしあなたが「いい話を聞けた・・」と
思って下さるのなら、お友達やお知り合いに
六波羅蜜のことを教えて上げて下さい。

説明しにくければ、このブログをお伝え下さい。
(携帯からも見れます)

私1人がここでお話ししても、
大勢の人に伝えることができません。

あなただけでなく、理解できるであろう人達に
伝えていただければ、私としても大変嬉しく思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

誰でもできる!彼岸への渡り方!No,3精進と禅定と智慧

★4精進波羅蜜★

「精進」とは、努力することをいいますが
食べる物もまともに食べず、寝る時間も惜しんで
ただひたすら努力することを、
精進と言っているのではありません。

血のにじむような努力は、
精進ではなく「執着」や「執念」となります。

仏教では、執着や執念は心を苦しめる元であるから
それらを捨てなさい・・と教えています。

「精進」とは、当たり前のことを、淡々とコツコツ続け
ゆっくり、確実に努力することなのです。

「精進」には、ゆったりとした心持ちが必要です。(^^)




★5禅定波羅蜜★

「禅定」とは、座禅をすることを言いますが
何も本当に座禅を組むことを言っているのではありません。

当然、座禅を組んでもいいのですが
単に座禅を組んでも意味がありません。

ようするに、禅的な生き方を表しています。

禅的な生き方とは、食べるときにはもくもくと食べる
休むときには、休む。
掃除をするときには掃除をするというように、
その時々の事柄に集中して、
そのものになり切って行うことをいいます。

仕事をするときには、仕事に専念するという具合です。

○○しながら、○○する。ということを止めることが
「禅定」になります。

日常の振る舞いを、できるだけ意識して
集中するようにすれば、
それは「禅定」となるのです。(^^)




★6智慧波羅蜜★


智慧波羅蜜とは、持戒・布施・忍辱・精進・禅定の波羅蜜を
実践することによって、得られる「智慧」のことをいいます。

智慧というと、なんだか難しく感じるかも知れませんが
実践することでわかる“気づき”のことです。(悟ることでもあります。)

それが、智慧波羅蜜になります。


彼岸に渡るには、持戒・布施・忍辱・精進・禅定の5つの波羅蜜と
智慧波羅蜜が揃わなければなりません。

「智慧」だけを知識として得ていても、
5つの経験が無ければ、それは全く意味をなさないのです。



以前、私の知り合いにAさんというお坊さんがいました。

そのAさんが、あるとき大勢の檀家さんの前で
「六波羅蜜」のお話をしていました。

法話をしているAさんは、とても穏やかで、
みんなが自分の話を聞いてくれることが
うれしくてたまらない様子でした。

とってもいい言葉を並べ
みなさん感心して聞いておられました。

ところがそのAさん、
普段は、心に執着や執念が強く、
人より出世したい、
他のお坊さんよりお経が旨くなりたい、
階級の上がった他の僧侶を嫉む、
毎日コツコツ努力することも大嫌いで、
朝の御勤めもサボリぎみだったんです。

これでは、いくら「六波羅蜜」を知っていても
ただ知識がある・・というだけになってしまいます。


智慧波羅蜜の「智慧」とは、
知ってるいる=「智慧」ではありません。

わかったつもりになるのではなく
少しづつ意識をして、出来るところから実践することで
生まれて来るものです。

これは「智慧波羅蜜」に限らず
普段の生活や仕事の中でも、言えることだと思います。

みなさん、知っているだけでなく
経験を積みましょうね♪(^^)






今日はお彼岸の中日です。

お墓参りに行かれる方も多いのでは?

このお彼岸は、子孫の私達を見て、
ご先祖様も修行されています。

ご先祖様には、日ごろの感謝を伝えて下さいね!

誰でもできる!彼岸への渡り方!No,2布施と忍辱

★2布施波羅蜜★

「布施」とは、物を誰かに与える行為をいいます。

お寺や神社にお布施する(お金や物を差し上げる)ことだけではありません。

例えば、人に食べ物を差し上げる、ご馳走する、
服を友達にあげる等、全て「布施」となります。

ただ、心の持ち方一つで「布施」という立派な行為となるか
逆に、心の垢を増やしてしまう行為になるかが分かれるのです。


人に何か物を差し上げるとき
ただ単にあげればいいというものではなく、
あれこれ理屈を考えたり
欲を持たずに気持ちよく差し出すと、それは「布施」となります。

例えば食事に出かけた時「ケチだと思われたくないから」とか
「貧乏だと思われたくないから」おごっておこうという気持ちで、
あなたがお金を払えば、それは「布施」にはなりません。

また、本当はおごりたくないのだけれど、おごったほうが
いいか、どうかとあれこれ迷いながら、結局お金を払っても
「布施」にはなりません。

払うのが嫌なら、はっきり嫌だと意思表示し、
払うのなら、あれこれ理屈を考えるのではなくスパッと払う。

これが「布施」の心意気です。

同様に、何か物を差し上げるとしても、
あれこれ考えずに、気持ちよく差し上げると
それは「布施」となります。

「布施」は心の執着を取る効果があると言われています。

また、人に食を施せば、寿命が長くなり、
人の食を奪えば、短命になる・・ともいいます。

これはあくまでも例え話ですが
欲を心から少しでも減らしたい人は
正しい「布施」を心がけましょう♪


ちなみに、神社を建てた場合(建てるために布施した場合)
7代下の子孫に至るまで、
神仏より守護されると言われています。

また、法華経の中には、
法華経を唱える者や広める者に布施をすると
布施をした者の罪障が消滅し、
法華経にいる無数の神仏がその人を讃え、
守護すると説かれています。(^^)


※罪障・・・魂についている罪
      成仏するのに妨げになる悪い行為の形跡など



★3忍辱波羅蜜★

「忍辱(にんにく)」という字を見れば、怒りたいときにも怒らず
文句も言わず我慢することと思われる方も多いのではないでしょうか?

この「忍辱」とは、確かに耐え忍ぶことではありますが
耐え忍ぶものがあるのです。

簡単に言えば、人様に迷惑を掛けられても許しなさいということなのです。

 
人は、誰にも迷惑を掛けずに生きることはできません。

みんな知らず、知らずに迷惑を掛けているものです。

そう思えば「すみません・ごめんなさい」という
お詫びする気持ちに気づきます。

その心を持って、他の人から受けた迷惑を
許そうという心のことを「忍辱」といいます。


どんなことも許せる人は少ないかも知れません。

しかし、いくら理不尽なことであっても
自分も知らない間に同じようなことをしているかも知れないのです。

ですので、できるだけ許す気持ちを持ちましょうね♪(^^)



以上が、「2布施波羅蜜」「3忍辱波羅蜜」です。

是非、生活の中で少しづつ実践してみてください。(^^)

明日は、「4精進波羅蜜」と「5禅定波羅蜜」について
お話したいと思います。(^^)

誰でもできる!彼岸への渡り方 No,1六波羅蜜と持戒

昨日は、お彼岸についてお話しました。

此岸から彼岸に渡ることについて触れましたが
今日は彼岸に渡る方法をお話したいと思います。

昨日のお話の中に「六波羅蜜」という言葉が出て来ました。

この「六波羅蜜」という修行は、大変難しいとされています。

ところが、今から私がご紹介する方法は
仕事や生活する中で、ちょっとした意識を持つだけで、
この「六波羅蜜」を365日、自然にやってしまうことができるのです。

まず、「六波羅蜜」とは一体何を現しているのかを
ご説明しましょう。


1持戒波羅蜜・・戒律を持って生きること

2布施波羅蜜・・布施をすること

3忍辱波羅蜜・・耐え忍ぶこと

4精進波羅蜜・・努力すること

5禅定波羅蜜・・座禅をすること

6智慧波羅蜜・・上記5つの波羅蜜の実践によって得られる智慧のこと


簡単に説明すると、こんな感じです。

こんな風に書くと、とってもややこしい感じがしますね・・。

では、順番にわかりやすく説明して行きましょう。


★1持戒波羅蜜★


この「持戒波羅蜜」は、戒律を持って暮らすという意味で、
お釈迦様は、私達に「5つの戒律」を示しました。

これを“五戒”といいます。

五戒とは・・・殺生をするな・盗みをするな・邪淫に溺れるな・
嘘をつくな・酒を飲むなの5つをいいます。


お酒が好きな方は、ゲッ!!と思われたかも知れませんね。(^^)


例えば、嘘をつくと、その嘘を隠すためにまた嘘をつくことになります。

こうして、どんどん心が嘘に覆われて行くんですね。

そうなると、うそをつき続けることで苦悩を生みます。


また、いつもお酒でストレスを発散させている人は
お酒が無ければストレスがどんどん溜まってしまい、
結局お酒に頼ってしまうことになります。

またそうなれば、アルコール中毒になる可能性もあります。

アルコール中毒になってしまうと、心が乱れるだけでなく
身体まで壊してしまいます。

お酒が好きな方は、酒は飲んでも飲まれるな!という
ご自分の中で戒律をつくることです。

そうすれば、大事に至らなくて済むはずです。


五戒とは、ただ守ればいいというものではなく、
自分自身の心の中に、この5つの戒律を持つことで
戒律が自分の魂や心を守ってくれるのだと
お釈迦様は教えているのです。



余談ですが、殺生がなぜいけない行為か
ご存知でしょうか?

それは、「命は生かすもの」であるからです。

可愛そうだからいけないのではありません。

生かさなければならないものを
殺してしまうということが罪になるわけです。

ですので、殺生はなるべく辞めましょうね。(^_^;)

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出してみてください。(^^)



ちょっとした意識を持つことで、六波羅蜜の1つ
持戒波羅蜜が出来るとご理解いただけましたでしょうか?

早速、実践してみてくださいね!!(^^)v

実践しないと、このお話を聞いた意味がありませんから〜!!(>_<)

あなたが、彼岸へ少しづつ渡って行かれることを
心から祈ってます!


明日は「2布施波羅蜜」についてお話したいと思います!!


お彼岸ってな〜んだ?

今日から秋のお彼岸ですね。

お彼岸は、春・秋の年に2回、約1週間づつあります。

このお彼岸、一体何の目的のためにあるのでしょうか?

仏教の行事?であるお彼岸は、私達とどんな関わりがあるのでしょうか?

今日は、その辺りを少しご紹介して行きたいと思います。


お釈迦様は、人々が幸福に暮らすことを1つの願いとして、
仏教を説かれました。

その中でお釈迦様は、幸せになりたいのならば
「彼岸へ渡れ」とお話になりました。


お釈迦様は、この世を此岸(しがん)、
仏の世界を彼岸(ひがん)といい、
此岸と彼岸の間には、欲や煩悩の大きな川が流れている。

人々がこの川を渡り、彼岸である仏の世界へ行くことで
真の幸せと出会えると説いたのです。

その代表的な経典が、みなさんもご存知な「般若心経」です。

「般若心経」を熱心に唱えるということは、
“彼岸へ渡ろうとする姿”であると言えるのです。



此岸(しがん)・・→ 私達が住んでいる世界のこと。
           欲や煩悩で苦悩しなければならない世界。
           このような世界をサンスクリット語では
           「サハー」といい、「忍土」という意味。
           これを中国では「娑婆」と書きます。
           世間のことを「シャバ」と呼ぶのはここから来ています。


彼岸(ひがん)・・→ 欲や煩悩から解放された世界のこと。仏の世界。
           お釈迦様は「彼岸へ渡れ」と説きました。
           この彼岸はサンスクリット語で、「パーラム」
           渡ることを「イター」といい、
           繋げると「パーラミター」となります。
           「パーラミター」は般若心経に登場する
           “波羅蜜多(ハラミタ)”のことです。
           大乗仏教の基本経典で、彼岸へ渡ることを説いたのが
           般若心経という訳です。


お釈迦様は、彼岸に渡ると苦悩が無くなり、
真の幸せと出会えると言われましたが、
その川を渡るには、「六波羅蜜」という修行を毎日しなければなりません。

ところが私達の生活は、仕事や家事・育児などに追われ
なかなか僧侶のように修行することができません。

昔は、夜明けと共に働き、日暮と共に休む生活でした。

当然、今のように読み書きが出来る人も少なかった訳です。

これでは、生きるために働くばかりで、
彼岸に渡ることはとても難しく、
いつまで経っても、苦悩と共に暮らす毎日を繰り返すばかりです。

そこで、春と秋の年2回、
それぞれ約一週間づつ修行をしましょうということになりました。

これが「お彼岸」の始まりです。


世間では、お彼岸と言えば「お墓参り」というイメージがある方も多いですが、このお彼岸は決してご先祖様だけのためにある期間ではなく
“あなたが彼岸へ渡る”ためにも必要な期間なのです。


“彼岸に渡る”ということは、自分の心を自由にコントロールさせられるということでもあります。

人の心は「意馬心猿」といい、馬が奔走し猿が騒ぎたてるのを止めがたいように、煩悩・妄念などが起こって心が乱れ、抑えがたいものです。

心が自由にコントロールできれば、どれだけ楽に生きられるでしょうか?

身体は思うように動かせても、心はなかなか思うように動かないものです。


明日は、「誰でもできる!彼岸への渡り方」をお話したいと思います。



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