悪が栄えたその後と善い行いをしたその後

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『悪の果実いまだ熟れざる間は
悪しきをなせる人も幸福を見ることあるべし
されど、悪の果実 熟するに至らば
その人 ついに不幸に逢わん』(法句経より)


 ※まだ悪の実が熟していない間は、
  悪人でも幸福と出会うことがある。
  けれど、悪の実がいずれ熟したら
  悪人は不幸(わざわい)に遭う・・という意

『善の果実いまだ熟れざる間は
善事をなせる人も、災いを見ることあるべし
されど、善の果実 熟するに至らば
善人は幸福を見ん』(法句経より)


 ※まだ善の実が熟していないあいだは、
  善人でも災いに遭うことがある。
  けれど、善の実が熟したら
  善人は幸福になる・・という意


私のところへ、これまで
「なぜ良いことをしている人達より
悪いことをしている人達の方が
幸せな暮らしをしているのでしょうか?」

「なぜ善いことをしている人達が
不運に見舞われたりするのでしょうか?」といった
内容のご質問が、多く寄せられてきました。

そのご質問に対する回答が
上記にあげた二つの詩です。


この二つの詩は、原始仏典のひとつ
『ダンマパダ』の一節です。

『ダンマパダ』は、お釈迦様の
『真理の言葉』といわれており、
仏典の中でも最も古いものの
ひとつだといわれている経典です。

日本では『法句経(ほっくきょう)』と
呼ばれています。


私は数年前、勉強会のときに、
“コップ一杯の辛抱”というお話をしていました。

その内容は、善い行を少しづつ続けていくと
いずれ善行のコップは満たされる。

そうすれば、不運が去り、
幸せが訪れるという内容のお話でした。

先にご紹介した詩と表現は違いますが
いわんとすることは同じです。


善い行をしても、その行いが天に通じ
自分のところに幸福となって戻ってくるまでは、
時間がかかります。

けれど、善い行いは必ず実りをもたらすと
『ダンマパダ』が教えてくれています。

自分のした善い行いは、必ず自分の実となって
戻ることを信じ、これからも少しづつ善い行いを
続けて欲しいと思います。



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