お彼岸ってな〜んだ?

今日から秋のお彼岸ですね。

お彼岸は、春・秋の年に2回、約1週間づつあります。

このお彼岸、一体何の目的のためにあるのでしょうか?

仏教の行事?であるお彼岸は、私達とどんな関わりがあるのでしょうか?

今日は、その辺りを少しご紹介して行きたいと思います。


お釈迦様は、人々が幸福に暮らすことを1つの願いとして、
仏教を説かれました。

その中でお釈迦様は、幸せになりたいのならば
「彼岸へ渡れ」とお話になりました。


お釈迦様は、この世を此岸(しがん)、
仏の世界を彼岸(ひがん)といい、
此岸と彼岸の間には、欲や煩悩の大きな川が流れている。

人々がこの川を渡り、彼岸である仏の世界へ行くことで
真の幸せと出会えると説いたのです。

その代表的な経典が、みなさんもご存知な「般若心経」です。

「般若心経」を熱心に唱えるということは、
“彼岸へ渡ろうとする姿”であると言えるのです。



此岸(しがん)・・→ 私達が住んでいる世界のこと。
           欲や煩悩で苦悩しなければならない世界。
           このような世界をサンスクリット語では
           「サハー」といい、「忍土」という意味。
           これを中国では「娑婆」と書きます。
           世間のことを「シャバ」と呼ぶのはここから来ています。


彼岸(ひがん)・・→ 欲や煩悩から解放された世界のこと。仏の世界。
           お釈迦様は「彼岸へ渡れ」と説きました。
           この彼岸はサンスクリット語で、「パーラム」
           渡ることを「イター」といい、
           繋げると「パーラミター」となります。
           「パーラミター」は般若心経に登場する
           “波羅蜜多(ハラミタ)”のことです。
           大乗仏教の基本経典で、彼岸へ渡ることを説いたのが
           般若心経という訳です。


お釈迦様は、彼岸に渡ると苦悩が無くなり、
真の幸せと出会えると言われましたが、
その川を渡るには、「六波羅蜜」という修行を毎日しなければなりません。

ところが私達の生活は、仕事や家事・育児などに追われ
なかなか僧侶のように修行することができません。

昔は、夜明けと共に働き、日暮と共に休む生活でした。

当然、今のように読み書きが出来る人も少なかった訳です。

これでは、生きるために働くばかりで、
彼岸に渡ることはとても難しく、
いつまで経っても、苦悩と共に暮らす毎日を繰り返すばかりです。

そこで、春と秋の年2回、
それぞれ約一週間づつ修行をしましょうということになりました。

これが「お彼岸」の始まりです。


世間では、お彼岸と言えば「お墓参り」というイメージがある方も多いですが、このお彼岸は決してご先祖様だけのためにある期間ではなく
“あなたが彼岸へ渡る”ためにも必要な期間なのです。


“彼岸に渡る”ということは、自分の心を自由にコントロールさせられるということでもあります。

人の心は「意馬心猿」といい、馬が奔走し猿が騒ぎたてるのを止めがたいように、煩悩・妄念などが起こって心が乱れ、抑えがたいものです。

心が自由にコントロールできれば、どれだけ楽に生きられるでしょうか?

身体は思うように動かせても、心はなかなか思うように動かないものです。


明日は、「誰でもできる!彼岸への渡り方」をお話したいと思います。



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